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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)6544号 判決

原告

山木徹

右訴訟代理人

松本義信

被告

木村嘉男

被告

朝日火災海上保険株式会社

右代表者

竹村幸一郎

右両名訴訟代理人

江口保夫

外四名

主文

一  被告木村嘉男は原告に対し金九万一、五九〇円およびこれに対する昭和四六年八月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告木村嘉男に対するその余の請求および被告朝日火災海上保険株式会社に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用のうち原告と被告木村嘉男との間に生じた部分はこれを一〇分し、その一を被告木村嘉男の、その余を原告の負担とし、原告と被告朝日火災海上保険株式会社との間に生じた部分は原告の負担とする。

四  本判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

「被告らは各自原告に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和四六年八月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  当事者の主張

一  請求の原因

(一)  事故の発生

1 日時 昭和四四年八月三日午前六時一〇分頃

2 場所 千葉県船橋市湊町一丁目四番四号先国道一四号線路上

3 加害車とその運転者 普通乗用自動車(練馬五す九〇〇号)、被告木材嘉男

4 被害者 原告

5 態様 原告が自転車に乗つて道路を横断中、加害車に衝突されて路上に転倒した。

6 傷害 原告は、右事故により顔面・右上前腕切創(筋断裂)・左鎖骨骨折・右胸部切創・左足骨・左肩挫創の傷害を受け、治療に努めたが、顔面・右前腕創痕、右前腕知覚鈍麻・不全麻痺、嗅覚喪失等の後遺症が残つた。

(二)  責任保険契約

被告木村は、被告会社と、本件加害車について、被保険者同被告、保険金額一、〇〇〇万円保険期間昭和四三年一二月二八日から昭和四四年一二月二七日までとする自動車対人賠償保険契約を締結している。

(三)  責任原因

事故当時現場付近の対向車線は行楽途上の車で極度に渋滞しており、しかも、現場が交差点であるから、自動車の運転者たるものは、よく前方を注視し、絶えず不測の事態にそなえて事故を未然に防止すべき義務があるにもかかわらず、被告木村は、かかる義務を怠り、慢然と運転した過失によつて本件事故を惹起したのであるから、民法七〇九条の責任を免かれない。また、同被告が無資力であるので、原告は、民法四二三条により、回被告の被告会社に対する前記自動車対人賠償保険金請求権を代位行使する。

(四)  損害

(1) 積極的損害

一万〇、二〇〇円

前記傷害のため事故当日から昭和四四年一〇月七日まで六六日間入院し、退院後も昭和四五年二月一五日までの間実日数二八日通院し、その間に支出した治療費

(2) 逸失利益損害

五八万九、八〇〇円

原告は、当時法政大学経営学部の四年生で株式会社オリエンタルランドへの就職が内定していたのに、本件事故のため卒業試験を受けられず、二年間就職が延期されたことにより、その間に月額三万七、〇〇〇円の割合による得べかりし利益八八万八〇〇〇円を失つたが、そのうちの原告の過失等を考慮して算定した金額

(3) 慰藉料 二四〇万円

二  請求原因に対する被告らの答弁

(一)  原告主張の請求原因事実中、被告木村の過失の無資力の点および原告の蒙つた治療費を除く損害金額は、いずれも否認、後遺症の内容は不知、その余の事実はすべて認める。

(二)  原告の民法四二三条に基づく被告会社に対する請求は債務者たる被告木村に資力があり、しかも、同被告自ら直接被告会社に対して保険金の支払請求をしているのであるから、債権者代位の要件を欠くばかりでなく、次に述べる理由によつても、不適法たるを免かれない。すなわち、

(1) 責任保険は、被保険者たる加害者が第三者に対して賠償責任を負うことによつて蒙るべき損害を填補することを目的とするものであつて、第三者たる被害者に発生した損害の填補それ自体を目的とするものではない。従つて、責任保険における保険金請求権は、被害者の加害者に対する損害賠償請求権が確定することによつてはじめて発生するものであるというべく、ここにいう確定とは、判決または和解等による訴訟法上の確定を指し、単に併合訴訟において同時に判断されるだけでは足りない。このことは、自動車保険普通保険約款第二章第一条第二項、第三章第一一条第一項第七号、同第二項の各規定によつても、また、損害保険会社における保険金支払についての慣行に徴しても明らかである。そして、これと異なる見解をとれば、左記のような不合理な結果が生ずるのである。

(イ) 被害者の加害者に対する損害賠償請求権と保険会社に対する保険金請求権とが別個独立の手続によつて確定されるため、二重の手数を必要とするばかりでなく、右両者が一致するという制度的保障はないから、不一致の場合には混乱が避けられない。殊に前者の請求に関する判決のみが上訴された場合、被害者の加害者に対する損害賠償請求権の成否未定の間に保険金請求権の成立が確定するという奇異な結果を来たすこととなる。

(ロ) 保険金請求権の消滅時効の起算点は、事故発生の時となるから、被保険者にとつて不利益であるばかりでなく、自賠法一五条の保険金請求権の消滅時効が被害者に保険金が支払われた時から始まるとされていることとも矛盾するに至る。

(2) また、保険金請求権は、単なる権利であるにとどまらず、被保険者の保険会社に対する各種義務(約款第三章第三条、第一一条等参照)をも帯有し、その権利と義務とが不即不離の関係にある一種の法的地位であるので、これに債権者代位を認めることは、被保険者の義務性を捨象して権利性のみの代位行使を行なうこととなり、許されないものというべきである。

(3) さらに、責任保険には無事故による保険料の割引の規定があり、交通事故による損害賠償義務を負担した被保険者であつても、次年度以降の割引率を考慮して保険金の請求をせずに、自己の一般財産から弁済をすることも少なくないので、本件におけるごとく無条件に代位権を行使することは、被保険者の右権利を不当に侵害することになり、これまた許されないものというべきである。

三  被告らの抗弁とこれに対する原告の認否

(被告らの抗弁)

(一) 本件事故は、原告が渋滞中の対向車線の車の間から、車両の通行に十分注意を払うことなく、自転車で急に加害車の進路直前へ飛び出して来た原告の一方的過失によるものであり、仮りに被告木村にも何らかの過失があるとしても、原告の右過失は、同被告の過失に優るものであるから、損害額の算定に当り十分斟酌すべきである。

(二) 被告木村は、原告の過失に基づく本件事故によつて前記加害車なる自己所有の自動車を破損され、その修理代として四万七、五七〇円の損害を蒙つたので、昭和四六年一〇月七日の本件口頭弁論期日において、原告に対し右債権をもつて原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(三) 原告は、本件事故による損害につき被告木村を被保険者とする自賠責保険から三一万円を受領し、また、同被告から別表記載のとおり合計九一万二、四四八円の弁済を受けている。

(原告の認否)

被告ら主張の抗弁事実中、原告が自賠責保険から三一万円の支払いを被告木村から雑費、自転車代、温泉治療費、学費として合計五〇万七、〇〇〇円の支払を受けた事実は認めるが、被害車の損害関係は不知、その余の主張事実はすべて否認する。

第三、証拠関係〈略〉

理由

第一被告木村に対する請求について。

一昭和四四年八月三日午前六時一〇分頃、被告木村嘉男の運転する加害車が、国道一四号線の千葉船橋市湊町一丁目四番四号先に差しかかつたとき、自転車で右道路を横断中の原告と衝突し、その事故によつて原告が顔面・右上腕切創(筋断裂)、左鎖骨骨折、右胸部切創、左足骨・左肩挫創の傷害を蒙つたことは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第二、第四号証および原告本人尋問の結果によれば、原告は、事故の日から同年一〇月七日まで六六日間同愛会渡辺病院に入院し、退院後も翌昭和四五年二月一五日までの間実日数二八日右病院に通院して治療に努めたが、同年二月一五日現在で右肘関節創裂痕、右上前腕知覚鈍麻・不全麻痺、握力低下(右一五、左三七)、筋断裂による筋萎縮、右肘関節後面および右上肢の負荷時の疼痛、嗅覚喪失の後遺症の残つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二そこで、同被告の過失の有無について検討するのに、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。すなわち、

事故現場は、東京と千葉とを東西に結ぶ国道一四号線の船橋市湊町の市街地部分で、歩車道の区別があり、車道の幅員は九メートルで、センターラインの表示があり、歩車道の境にはガードレールが設置されていること、衝突地点から千葉方面寄り約八メートルの箇所には、同国道を横断する幅四メートルの横断歩道が白線で表示されており、横断歩道の東京方面寄りの部分は、北方から幅員4.6メートルの歩車道の区別のない道路と、南方から幅員4.2メートルの歩車道の区別のない道路とが交差して十字型交差点を形成していること、事故現場付近は、制限時速五〇キロメートルの規制がなされていたこと、事故当時は雨が強く降つて見通し状態は悪く、また、千葉方面へ向う車線は、行楽途上の車が渋滞して連らなつていたが、東京方面へ向う車線は、比較的空いていたこと、原告は、新聞配達の途中、自転車で右国道を北から南へ横断しようとしたが、下り車線に車が渋滞して横断歩道および交差点の中をふさいでいたため、継続車の後へ回り、右横断歩道より約八メートル離れた地点から車両の切れ目をみはからつて自転車に乗つたまま横断を開始し、センターライン付近で一旦停止し、左方を見たところ、東京方面へ向つて歩行中の加害車を約三〇メートル先に発見したが、同車が停止して進路を譲つてくれるものと軽信し、再び横断を続けたこと、他方、被告木村は、加害車を運転し、時速約五〇キロメートルの速度で現場に差しかかつたが、進路の右前方を十分注視することなく歩行していたため、衝突地点の約一、七メートル手前ではじめて原告が右方から自転車で横断してくるのを発見し、急ブレーキをかけたが間に合わず、原告をボンネットの上にはねあげたうえ、左側に落下させたこと、以上の事実が認められ、被告木村本人の供述のうち、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

しかして、右認定事実によれば、原告木村としては、現場が市街地の交差点であり、特に対向車線は車が渋滞して連らなつていたのであるから、対向車の間から進路を横断する者のあり得ることを予想して適度に減速し、かつ右前方を注視して運転すべき注意義務があるのに、これを怠つて漫然と運転をした過失により、右方から左方へ自転車で進路を横断中の原告の発見が遅れ、本件事故を惹起したものというべきである。したがつて、被告木村は、民法七〇九条により、原告が蒙つた損害を賠償しなければならない。

しかし、原告としても、道路幅員からして明らかに広い優先道路である国道を進行してくる車両の進行を妨げてはならず、しかも、横断歩道を渡らずに渋滞中の車の後方を横断しようとするのであるから、国道を走行してくる車両の動静を十分注視し、事故の発生を未然に防止すべき義務があるのに、加害車を至近距離に認めながらも、ただ同車において停止してくれるものと軽信し、加害車の進路の前方を横断しようとしたことは、原告の過失であるというほかなく、これが本件事故発生の一要因となつていることも、明らかである。したがつて、原告も被告の蒙つた損害を民法七〇九条により賠償しなければならない。そして、右の事情を考慮すると、本件事故による原告の損害について略六割の過失相殺をするのが相当であり、被告木村の損害について略四割の過失相殺をするのが相当である。

三次に損害の額について判断する。

(1)  積極的損害 四〇八〇円

原告が治療費として一万〇二〇〇円を支払つたことは、当事者間に争いがない。そして原告の前記過失を斟酌すれば右損害金のうち被告において負担すべき金額は四、〇八〇円が相当である。

(2)  逸失利益 一七万七、六〇〇円

原告本人尋問の結果により……によれば事故当事原告は、法政大学経営学部の四年生で(株)オリエンタルランドへの就職が内定していたこと、原告が右会社においてもらう初任給は、月額三万七、〇〇〇円の予定であつたこと、原告は本件事故による前記傷害および後遺症のため、昭和四五年の卒業試験を受験することが出来ず留年し、また、昭和四六年の試験も科目数が多く、右手がつかれたりして合格することが出来ず、結局昭和四七年三月に卒業はしたが、体の調子をみるため、就職はせずに家事の手伝いをしていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実に前記認定にかかる治療経過後遺症の内容・程度等を合せ考えると、原告が昭和四五年度に卒業できなかつたのは、本件事故によるものと認めるのが相当であるが、翌昭和四六年度の留年は、本件事故と相当因果関係にあるものとは認め難く、したがつて、被告木村において負担すべき原告の卒業が遅延したことに基づく給与相当の損害は、昭和四五年度一年分で、しかも、原告の前記過失を斟酌した一七万七、六〇〇円であるというべきである。

(3)  慰藉料 八〇万円

本件事故の態様、傷害の部位・程度、後遺症の内容・程度、原告の前記過失など本件に現われた諸般の事情を考慮すると、本件事故による原告の精神的苦痛に対する慰藉料は、八〇万円が相当であると認められる。

(4)  被告らの抗弁

(イ) 同一事故に基づいて発生した損害賠償請求権相互間においては、民法五〇九条の規定にかかわらず、相殺が許されるものと解するのが相当である。そして、成立に争いのない乙第二号証の一、二によれば、被告木村は、本件事故によつて前記加害車なる自己の所有の自動車を損壊され、修理代として四万七、五七〇円を支出したことが認められ、右認定に反する証拠はなくまた、同被告が原告に対して相殺の意思表示をしたことは、本件記録に徴して明らかであり、右損害のうち原告において負担すべき金額は、原告の前記過失を斟酌すれば、二万八、五四二円であると認められるそれ故、被告らの相殺の抗弁は、右の限度において理由があるものというべきである。

(ロ) 損害の填補

被告木村本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第四号証の一ないし五および同尋問の結果ならびに本件弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故について、自賠責保険から三一万円を、また、被告木村から別表記載の九一万二、四四八円の弁済を受け(そのうち雑費、自転車代、温泉治療費、学費の合計五〇万七、〇〇〇円については、原告の認めて争わないところである。)、そのうち、昭和四六年七月一七日支払の治療費一万〇、二〇〇円(乙第四号証の四)を除く九〇万二、二四八円の弁済はいずれも、本訴で請求している以外の費目についてなされたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。それ故、特段の主張・立証のない本件においては、原告の前記過失を斟酌すれば、右のうち五四万一、三四八円が本訴請求金額の填補に充当されるべき金額となる。

よつて、原告の被告木村に対する本訴請求は、前記積極的損害四、〇八〇円、過失利益一七万七、六〇〇円、慰藉料八〇万円の合計九八万一、六八〇円から前記自賠責保険三一万円、治療費一万〇、二〇〇円および右五四万一、三四八円の合計八六万一、五四八円と前記相殺すべき二万八、五四二円を控除した九万一、五九〇円の限度において理由があるが、右の限度を超える部分は失当というべきである。

第二被告保険会社に対する請求について。

原告が本件事故につき被告木村に対して請求し得る金額は、前認定のとおり九万一、五九〇円であるところ、同被告において右債務金額を支払うに足りる資力がないことは、本件訴訟に現われた全証拠をもつてしても、これを認めるに足りない。したがつて、原告の民法四二三条にもとづく被告会社に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当というべきである。

第三結論

よつて、原告の本訴請求は、被告木村忙対し金九万一、五九〇円およびこれに対する本件訴状送達日の後であること記録上明らかな昭和四六年八月一七日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、同被告に対するその余の請求および被告会社に対する請求は、理由がないので棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(渡部吉隆 田中康久 大津千明)

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